2008年夏号のお題 『避暑』         

夏の暑さが年々辛くなってきたのは、温暖化のため?それとも年齢のせい?
そんな嘆きをよそに、暑さはまだまだ続きそうです。


森 たかこ


『避暑』

避暑というと、暑さから避けるという意味だけではなく、避暑地という非日常な空間を思い浮かべてしまう。
日本国内の避暑地は明治時代に外国人が作ったのが始まりらしいけど、外国人が作ったというところから非日常的だし、華族がそこに別荘をもって夏を過ごしたというのも優雅な感じで、単に暑さを逃れるというだけではない響きがある。避暑地の別荘で繰り広げられるロマンって、狭いマンションの一室で寝ころんで本を読んでいてもそれなりにその世界に浸れるだけの力がある。
猛暑が続く今年の夏、昔に比べて気温がかなり高くなっているから、本当はもっと避暑とかいう言葉が聞かれてもいいと思うけど、あまり聞かない。室内ではエアコンが暑さを和らげてくれているので、わざわざ暑い外を鉄道や車で避暑のために移動する方が大変だからだろう。
新憲法によって華族制もなくなり、エアコンの登場で避暑地に行かなくても夏は涼しく過ごせ、一般人にとっては暮らしやすくはなっているとは思う。
だけど、避暑=避暑地=ロマンチック。この公式はもうすでになくなっているようで寂しい。


藤原 佳枝

『避暑』

今年の夏は暑い。今現在がピークと思いたいが、体力的にもきついレベルになってきた。

余裕があれば、避暑地でのんびりと過ごしたい。私が今住んでいる東京からだと、軽井沢、那須など有名どころの避暑地も行きやすい。ただし、時間的なゆとりがなく、体力が低下してきているこの頃では、避暑地までの旅行も億劫だったりする。

子供の頃は、夏休みはほぼ毎日プールに行き、その後も外遊びをしていたような記憶がある。当時は各部屋エアコン完備ではなかったし、付けっぱなしの習慣もなかった。子供だから元気だったせいもあるだろうし、今よりも気温が低かったこともあるのかもしれない。それほど夏が辛いとは感じなかった。夏の楽しさも十分享受していた。

今はすっかりばててしまい、夏は苦手意識が強い。避暑としては、エアコンフル稼動の部屋で1日のんびり読書でもできれば最高かも。ずいぶんとつまらない過ごし方だとも思うが、酷暑はただ過ぎ去るのを待つのみである。


宇都宮 雅子

『私の“避暑地の想い出”』

避暑地という言葉から、日本人が真っ先に思いつくのは軽井沢ではないだろうか。
昔、“避暑”というものを1度経験してみようと、夫と軽井沢に出かけた。ところが、大阪→軽井沢というのは、実にアクセスが悪い。今ならいったん東京へ出て、そこから長野新幹線で軽井沢に向かうのだろうが、そのときはまだ新幹線の開通前だったので、夜行電車で往復しなければならなかった。

いざ軽井沢に着いてみると、昼間は意外に暑い。しかし、朝晩は涼しく、風もさわやか。いわゆる湿気が全然違う。
別荘地をサイクリングしてみると、なるほど昔の上流階級というのは、こんなところで夏を過ごしていたのかと想像することができた。エアコンも冷蔵庫もない時代。白樺林を冷んやりとした風が吹きぬける軽井沢は東京とは別天地だったろう。実際には別荘の建物は古い木造家屋が多く、なにかと手入れが大変そうで、ホテルに比べるとあまり快適に見えない。それでも、うだる暑さから解放されることは、なによりの特権だったのではないだろうか。

あれから10数年たち、私は東京に仕事部屋を構えるようになった。昨日、仕事で長野新幹線に乗り、軽井沢を通り過ぎて上田市まで日帰りする機会があった。東京駅から軽井沢への所要時間はわずか1時間あまり。避暑地は本当に近くなった。その一方、温暖化の影響か、東京の夏はどんどん暑くなっている。


伊藤 さおり

『山上の避暑』

今年の夏、十数年ぶりに富士山に登った。登ったといっても、バス停から降りてすぐの5合目から、6合目までだけの距離だけど。でも、2500メートル近い標高のそこは、もうすっかり秋だった。
そりゃそうだ、街の気温が30℃の時にも、山頂では10℃しかない世界。6合目であっても、20℃くらいだったはず。
しかもその前日、富士山にヒョウが降ったのだ!次の日に訪れた富士山資料館で聞いたのだが、地元でも新聞に記事が載るくらい珍しいことだそう。その日は、家族で静岡に向かう車中で、スコールのような大雨と雷に遭ったのだが、それが富士山ではヒョウになっていたのだ。雨が上がった後に着いたキャンプ場で、雲間から見た富士山の山頂が、うっすらと白化粧していたのは、この時期にしては非常に珍しい光景だったのだ。
かつて避暑地といえば、関西では六甲、関東では軽井沢だった。けれど、私の避暑はといえば、やっぱり山の上。学生時代にバイトで過ごした北アルプスも、今回登った富士山も、”避暑”という言葉から連想される、しゃれた雰囲気には縁遠いが、街の暑さや喧騒から頭も心も脱することのできる非日常の空間であるといえば、そこは紛れもない避暑地。
冷たくそして澄んだ空気の世界に身をおいた心地よさだったが、その反動で、関西に戻ってからの暑さは、いっそうのこと身に沁みる・・・。